七 十 四 番 |
真言宗永光山西音寺(空寺) 御本尊、薬師如来 移し寺、香川県医王山甲山寺(こうやまじ) ご詠歌、十二神味方にもてる戦には 己と心かぶと山かな |
ヶ 戸 西 音 寺 |
寛永十二年(1635)の碑があり碑文には、江戸初期に修行僧が堂庵を営む、とあります。 【地名】下ヶ戸については明確な説がありません。一茶の句にある「下戸村」であれば次の通りです。 「下戸(げこ)」とは、酒が飲めない人、「下戸」の語源の由来で、律令制では資産や家族の人数で「大戸、上戸、中戸、下戸」の四つの課税単位が決められ、また婚礼時の酒の量が上戸は八瓶、下戸は二瓶とされていたことから、酒を飲めない人を「下戸」と呼び多く飲む人を「上戸(じょうご)」又は蟒蛇(うわばみ)と呼ぶのは皆さまもご存知のとおりです。 下戸は四等戸の最下級で正丁(税を負担する22才から59才の公民男子)が2人か3人の家で、「下戸村」はこのような家の集まる集落であったようです。この部落毎の人口上下差によって納税額に差をつけたのでした。 |