江戸田山不動院、法泉寺の末寺(廃寺)、子受け不動と言われていた、御開帳は一月二十八日
ある時ここの本尊を盗んだ悪人は始末に困り畑にふてたと言う、ところが夜になるとその畑は金色に輝き出し村人は不思議におもい畑を調べ本尊を見つけて無事、本堂に返されたと言う。
「取出」と彫られた石仏が取手駅方面に向かって 10m先右側路地入口駐車場内の堂内にあります。
堂前のバス通りの観音堂10番先を左へ坂を下って行くと「井戸田山不動院子受不動堂」の墓地と御堂があります(下地図参照)。
境内の再建記念碑には、下総国相馬郡台宿村不動院 文化四年(1804)卯正月と刻まれています。
取手の古い字名住所に「井戸田」という所が、旧水戸街道沿いの金門酒造辺りにありました。ただし、此処との関連は不明です。
不動院は真言宗豊山派でかなり広い大寺院ではないかと思われます、神仏混合の時代は香取社も含まれ
台宿坂上の札所とともに不動堂は縮小され、人目に触れる現在地に移されたのでしょう。
明治31年、高野山金剛峯寺取手末寺として東福寺が台宿2の地蔵堂20番隣りに建立されていました。が不動堂との関連はありません。
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